GIANT(ジャイアント)
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GIANT(ジャイアント)
ジャイアントの誕生は、意外なことに感じられるかもしれませんが、1969年に台湾を襲った台風がきっかけでした。大雨と堤防の決壊によって、ウナギの養殖業を営んでいた後のジャイアント会長、劉金標(キング・リュー)は壊滅的な被害に遭ったのです。彼は次のビジネスを模索し、そして自転車の生産に着目しました。
その頃、アメリカは空前の自転車ブームを迎え、その生産拠点として台湾に着目していました。キングは10人の出資者から資金を調達し、社員38人、工場の敷地1700坪の"巨大機械工業"を台中に、1972年10月に設立しました。ジャイアントの社名の由来は、当時、世界大会で優勝した台南にある少年野球チームにあやかったものでした。創業してキングは、それまで以上に自転車という存在に魅了されていきました。と同時に自社だけで品質を向上させられないことにも気がつきます。 「当時、台湾には自転車を作るための機械も、その基礎となる工業規格もなかったのです。たとえばタイヤやリムの寸法は大手メーカーが自主的に決めており、タイヤとリムが嵌らなかったり、空気を抜くとタイヤが外れてしまうこともありました。こうした状況を改善する。それが私が最初に行動すべきことだったのです」
こうしてパーツメーカーを東奔西走する日々が続く中、1973年、彼は商社に勤務していた羅祥安(トニー・ロー)と出会いました。モノ作りに対するスタンスで意気投合し、「技術と品質に徹底的こだわるというキングに共感したこと。そして、なによりもやりがいのある仕事」だと、トニーは入社を決断。会社の方向性を指揮するキング、経営を司るトニーという、現在も続く2トップ体勢が構築されました。
トニーの加入によって、ビジネスの成長は加速します。1979年には年間生産台数が35万台に達し、アジアでも屈指の規模を誇るようになりました。さらに1981年にはOEM生産だけでなく、"GIANT"ブランドを立ち上げます。5年後の1986年には初の海外拠点としてオランダに進出。翌年にはアメリカ、そして1989年にはジャイアントジャパン(株式会社ジャイアント)を設立し、世界中にネットワークを拡げています。
1990年代に入ると、ジャイアントの名前はトップアスリートの活躍によって、多くのライダーに知られるようになります。1995年にはMTB界の伝説的なライダー、ジョン・トマックと契約し大きな話題となりました。翌年にはルーン・ホイダルがMTBワールドカップで5勝し、1998年にはスペインの名門チーム"オンセ"と契約して、ツール・ド・フランスに出場。こうして名実共にトップブランドの仲間入りを果たしました。
今日では一般的なスローピングスタイルのフレームや、カーボン製フレームが普及したのはジャイアントが提唱してからです。また、ジャイアントジャパンが企画したMR-4やエスケープシリーズ、そして著名工業デザイナーを登用したコミューターバイクなど、新たな車種、新たな自転車の魅力の創出もジャイアントが目指すところの一つです。
ジャイアントは、こうしてブランドを成長させてきました。そしてこれからも理念である「RIDE LIFE」の実現、そしてサイクリング文化の発展に寄与していきます。
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